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アジア転職支援情報

日系企業人 アジアシフトで活躍する駐在員達のいま 

多民族、多文化社会のアジアで慟いてみないと、得られないものがある-。
バンコク、ジャカルタ、シンガポールの3都市に暮らす駐在員たちはどんな働き方をしているのか。
 足が速い。塩見智也(36)はもう道路の反対側へ渡り終えていた。 昼食時のバンコク。この日、大手商社三井物産に勤める塩見は、会社近くの軽食屋に私たち取材班を案内してくれた。 黒いスーツ姿で颯爽と街を歩く塩見は、いかにも仕事のできる商社マン。このフードコートは塩見のお気に入りの場所だ。一皿40パーツ(約100円)ほどでランチが食べられる。入社3年目の時、社内の海外研修制度を利用して、チェンマイに1年、バンコクに1年滞在した経験がある。だから言葉もペラペラ。昨年2月からのバンコク駐在も、自ら希望したものだ。
 それなのに、タイ人スタッフとはあえて距離をとろうとする。さらにこんなセリフも目にした。「職場ではタイ語はできるだけ使わないようにしていますね。」ジョーカーは出さないようにしている塩見にとって、タイは馴染みのある国だ。 塩見が部下との馴れ合いを避けるのには理由がある。それは、部下とビジネスライクな関係を保つことで、「一人前に育ってほしい」という思いだ。「彼らはぬるくすると働かない。でもムチを打つとすぐ辞められてしまいます」塩見は毎週、タイ人スタッフとの面談の時間を設けて、自分の考えを伝え、問題意識を共有するようにしているという。
 アジアの国々が経済力を持ち始めるなか、商社のビジネスは、いま過渡期を迎えている。これまでのたんに日本人相手にモノをさばく商売から、相手国に深くコミットするかたち
に変わりつつある。つまり、アジア全体での国の方向性や位置づけを現地の人たちと一緒に考えていくといったふうに。
 「だから現地で仕事のできる人をきちんと育てていかないといけません。そして、それが自分の役回りだと考えています。時間はかかりますが、しっかりと育ってくれたほうが楽しいですし」
日系企業約5000社が進出している東南アジア(2010年末時点)。駐在員たちは、異国の地で「日本人」という看板を背負って日々戦っている。
 アジアで働くことで彼らは何を得たのか。そして、アジアで通用するためには何か必要か。バンコク、ジャカルタ、シンガポールの3都市を訪ね、そこで働く駐在員たちに話を聞いた。

頼られる日本の技術力
 「正直、最初は抵抗があった。日本に比べていろいろ遅れていると思ったんです」
 岡田潤西はバンコク赴任を告げられたときの印象を訥々と語った。
 「でもこっちに来てイメージが変わりましたね。結構発展してるし。高級車がこんなにたくさん走っているなんてびっくりです」
 バンコク市内に、岡田の勤める自動車外装リペア会社サイアム・エスブランドの営業所が2店舗ある。今年3月にオープンしたばかりという本店のオフィスは、ガラス張りのスタイリッシユな外観。社名のブランドロゴの下には、「Advanced technology from Japan」のコピーが躍る。
 岡田は昨年10月、エスブランドジャパンから出向し、2店舗のオープンに携わった。現在、唯一の日本人駐在員として、生産性向上とタイ人従業員の技術指導を担当している。
 「東南アジアのデトロイト」の異名をもつタイは、日本の大手目動車メーカー7社が生産工場をもつ自動車大国。昨年バンコクを襲った大洪水ではサプライチェーンの寸断が世界経済に激震を与えたが、タイ経済は再び回復しつつあり、自動車販売も熱を帯びている。新車販売台数は5月に11万6000台と、単月で過去最高に達した。
 こちらの国でタイ人の運転の荒さを目の当たりにすると、外装リペアの吉報が小さくないことは容易に想像がつく。
 エスブランドの売りはその高いりペア技術だ。アクワイアと呼ばれる測色システムを使って限りなく元の塗料に近い色合いを再現する。とくにBMWやポルシェなど高級車は他の店では手に負えず断られることが多いため、同社に持ち込まれるのだという。
 「この国では日本からもってきたモノや技術は高く評価される。日本人がやってくれないと困るというお客さんもいるほどです」日本の技術力はいまなおアジアで輝きを放っている。市場はまだまだこれから伸びていく、と岡田は期待する。

 近代化の先輩国として
 日本の技術力だけでなく、日本の文化や歴史も、アジアの人々から高い関心が寄せられている。そうした分野で日本の「教訓」をアジアに伝えていこうとしているのが、後藤愛(32)だ。今年2月に、独立行政法人・国際交流基金の職員としてジャカルタに赴任した後藤の仕事は、海外での日本研究を支援し、国境を越えた知的交流を促進すること。そのための各種プログラムを立案し、実施するのが彼女の役目だ。
 インドネシアは約2億3800万人の人口を有する世界最大のイスラム教国家。石油や天然ガスなどの地下資源にも恵まれ、近年はG20の一角として急速な経済成長を魂げている。だがその目覚ましい発展の裏では、さまざまな歪も生じ始めているという。
 たとえば5月、イスラム教保守派による反対デモを受けて、レディー・ガガのコンサートが中止に追い込まれた。穏健なイスラム教国家で、強硬派の影響力が増しつつあることを感じさせる出来事だった。
「経済が右肩上がりで、物価が上昇し、社会の価値観がめまぐるしく変化しています。人々のあいだに不安が生じ、それが伝統文化への回帰につながっている」と後藤は見る。
 そしてそこに、日本の果たせる役割があるのだという。
 「日本は仏教や神道といった伝統的な価値観を大切にしながらも、近代化とうまく祈り合いをつけてきました。日本がどうやって変化を受け入れてこられたのか、インドネシアの人々も知りたがっています」
 9月から「アイデンティティ」をテーマにした4回シリーズのディスカッションフオーフムを企画している。日本とインドネシアのオピニオンリーダーを招いて討議する予定だ。
 「変化はたしかにストレスになります。でも前向きに受け入れる方法はあるはず。日本のたどってきた道から何かを学んでもらえたらと思います」

アジアという荒波に出合う
 一方で、「日本人はもっと外に出て行くべき」と主張するのは、国際石油開発帝石(INPEX)の蜂谷亮太郎(45)だ。
 蜂谷がジャカルタに単身赴任でやってきたのは2009年。もともと商社マンとしてシンガポールやマレーシアに駐在した経験をもつ、エネルギー資源のスペシャリストだ。
 現在は同国東部の海域にあるアバディ・ガス田の開発プロジェクトを担当する。2017~18年に生産開始予定の巨大ブロジェクトで、蜂谷は政府当局との会議や契約書・資料作りなどに追われる毎日だ。
 INPEXはインドネシアで天然ガスの生産量トップを誇り、日系企業として同国最大となる70人の日本人駐在員を送り込んでいる。欧米人や現地スタッフも含めると、総勢200人以上になるという。
 「今後2年で、日本より海外で働く社員のほうが多くなるんです」蜂谷が自身のキャリアのなかで、「アジア」を意識し始めたのは、30歳のとき。初めてのシンガポール赴任で、その荒波にさらされることになった。
 「それまで東京で10年近く仕事をして、ある程度の自信もついていた。でもアジアに出てみると、本当に優秀な人が多かったんです。日本にずっといていいのかと危機感を覚えました」
 以来、蜂谷はつねにビジネスの前線に身を置いて、自分の力を磨いていく必要性を痛感する。39歳のとき商社を退社し、英国スコツトランドに留学もした。エネルギー分野の専門知識を身につけるためだった。
 最近、蜂谷は強く感じることがあるという。「アジアでは10年くらい前まで、日本人というだけで尊敬され、色目を使われました。でももう、そんな″日本人プレミアム゛はなくなった。いま勝負できるのは、国籍ではなく実力。若い人は早い段階で外に出て、世界と戦うという感覚を肌で感じてほしいですね」

仕事人生とは決別
 世界と戦ううえで英語の重要性を強調するのは、シンガポール在住の小山徳道(32)。コンサル大手アクセンチュアのプロジェクトで同国に赴任して2年になる。ただし、所属は同社の日本法人ではなく、オーストラリア法人だ。
 小山は東京の大学を卒業後、アクセンチュアの東京オフィスに入社した。英国やドイツなどで海外プロジェクトも経験するうちに、「きちんとした英語」を身につけることの必要性を感じたという。
 「工場のリーダーが、従業員を奮い立たせるようなすばらしいスピーチをするのを見て、気づかされました。ある程度の英語力があれば業務を回すことはできますが、みんなを引っ張っていくことはできないんだと」
 2010年、7年間務めたアクセンチュアの日本法人を退社し、オーストラリア法人へ移籍した。同じ会社でも、日本と海外で働きかたに違いはあるのだろうか。小山はその質問に、「日本は異常です」と単刀直入に答えた。「こっちでは、90%できたら達成したと考える。必要以上のことはやらないという考えかたです。90%から100%にしようと思ったら、その労力は倍ではきかない。それでも日本だと100%を目指してやるんです」
 もう過去のような仕事人生とは決別した。たいてい夜8時には仕事を切り九げ、家族と夕食をとる。週3回のジョギングも欠かさない。
 「いまは英語に自信がついた」という小山は、アジアで働くメリットをこう語る。
 「日本人が海外に行くなら、最初はシンガポールなどアジアの国がいい。ネイティブ同士でないので、英語のミスを怖れなくなります」

昔のやりかたは通用しない
 アジアは巨大なビジネスチャンスが眠ると同時に、貧富や教育の格差、脆弱なインフラなどが経済成長の足かせとなっている。そうした途上国特有の問題の解決に取り組む日本人もいる。
 宮田尚亮(36)は2年前、独立行政法人・国際協力機構(JICA)のインドネシア事務所に赴任した。
同国は日本のODA(政府開発援助)のなかで、最大クラスの支援対象国だ。その仕事の間口の広さに惹かれて、宮田はインドネシア駐在を希望した。これまで看護教育や工学教育の分野における人材育成など重要な事業にかかわってきた。
 「自分の足を使って、インドネシア側の。光る人材を探し当てたときはわくわくしますね」そう語る宮田だが、一方でこんな難しさも感じている。
 「インドネシアは経済力が増して、白に悟をつけてきている。それにともなって、援助のありかたも、これまでのタテの関係からョコの関係に変わりつつあります。もはや援助なら何でもいいわけではなく、中途半端なことをやっても認められません」
 アジア経済の目覚ましい成長は、開発援助の分野にも変化をもたらしている。それでも宮田は、アジアで働く喜びをこう表現する。
 「自分のやっている仕事がこの国に夢を与えていることが実感できるんです。日本にいると、国全体のありかたについて考えることなんてなかなか難しいですよね。でもこっちにいると、『何かできるんじやないか』って思えてくるんです」

2012.09.16

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